レスリング選手

【長尾武沙士】強いだけでは足りない。壁を作らない関わり方で、応援される選手を育てる。

近畿大学レスリング部で指導しながら、近大附属高校の監督、さらにジュニアクラブ葉月会のコーチも務める長尾武沙士さんは、大学、高校、中学生、小学生まで、幅広い世代と向き合い続けています。

2025年秋、近畿大学レスリング部は西日本学生秋季リーグ戦で優勝しました。春季まで7季連続で2位だったチームがつかんだ、1997年春季以来28年ぶりの優勝です。

ただ、話を聞いていると、長尾武沙士さんが見ているのは勝敗だけではないことが伝わってきます。

選手をどう強くするかだけでなく、どう成長させるか。どんな人間として周囲に応援される存在になっていくか。そうしたことまで含めて、レスリングに向き合っていました。

今回はそんな近畿大学レスリング部コーチに、今の役割のこと、近大レスリングの現在地、そして指導するうえで大切にしていることについて聞きました。

長尾武沙士さんのプロフィール

  • 近畿大学卒業
  • 近畿大学レスリング部コーチ
  • 近畿大学附属高等学校レスリング部監督
  • ジュニアレスリングクラブ葉月会コーチ

大学、高校、ジュニア。近大レスリングを下の世代から支えていく。

ーーー今は近畿大学レスリング部のコーチという認識なのですが、高校生にも指導されていますよね。現在の立ち位置はどのようなものになりますか?

近畿大学レスリング部のコーチをやりながら、近大附属高校の監督もやっています。さらに、近大葉月会というジュニアクラブでもコーチをしています。

大学だけ、高校だけという感じではなくて、ちっちゃい子から大学生まで、わりと全部見てる感じですね。ちょっとややこしいんですけど、今はそれが自分の役割かなと思っています。

ーーー大学、高校、ジュニアまで、かなり幅広い世代と関わっているんですね。

そうですね。カテゴリーでいうとU13からU23、さらにシニアまで見ています。ほんまに休みがなくて、この前も学校から「先生、ちゃんと休み作ってください」って言われました。うちはホワイト企業なんで、ブラックではないですけど(笑)。

でも、そのくらい幅広い世代と関われるのは面白いです。今見ている小中学生が高校に上がって、大学に上がって、その先どうなっていくかまで見られるので。そこはすごくやりがいがありますね。

ーーー葉月会も含めて、大学生だけでなく下の世代の育成に力を入れている理由は何ですか?

近畿大学自体が地域貢献をすごく大事にしていて、東大阪に対してもスポーツを通じて何かできないかという流れがあるんです。

その中で、自分に何ができるかなと考えた時に、コロナ前にやっていたちびっ子の活動をもう一回復活させたいと思いました。葉月会自体はもともとあったんですけど、コロナで止まってしまっていたので、部長に相談して、去年の10月か11月くらいからまた動かし始めました。

今は地域の子どもたちと関わりながら、もう一回土台を作り直しているところです。

ーーー小さい頃から見ている選手が、そのまま上のカテゴリーまでつながっていくのは面白いですね。

ほんまにそうですね。できればその先も近大で一緒にやれたらうれしいです。

もちろん、選手によっては別の環境の方が伸びることもあると思うので、そこはその子の考えを尊重したいですし、他の大学に行くことも全然あると思っています。

それでも、「こいつと一緒にオリンピックを目指せるかもしれへんな」と思える選手が出てくると、やっぱり夢を見たくなるんです。大学だけ見ていたら見えない景色があるので、下の世代から関われるのは大きいですね。

ずっと2位だった近大がようやくつかんだ優勝。浮き沈みを越えた近大レスリングの現在地。

ーーー2025年秋、西日本学生リーグ戦で近畿大学が長く2位が続いた末に優勝しました。長尾さんは、この優勝をどのように見ていましたか?

この前ようやく優勝できて、それが28年ぶりでした。

でも、自分の中では「やっと」という感覚が大きいですね。ずっと2位だったじゃないですか。7期連続2位で、「もう取れる」「またあかん」がずっと続いていたので、逆にあそこにい続けていたこと自体がすごいことだと思っています。

僕は高校生の時から近大を見ているので、浮き沈みのあるチームだというのを知っています。僕が高校2年の時、近大は2部でした。そこから1部に上がって、また2部に落ちて、2年間2部のまま上がれなかった時期もありました。

だから今の近大だけを見ると強いチームに見えるかもしれないですけど、ずっと順調だったわけではなくて、苦しい時期を経てここまで来ているんです。

ーーーそんな近大が、今は優勝争いをするチームになっています。現在のチームの強みはどこにあると思いますか?

練習の雰囲気はすごくいいです。みんな仲いいし、でもバチバチもある。そういうバランスは今の近大の良さだと思います。

自分としては、リーグ戦の7人のレギュラーだけじゃなくて、その外側にいる選手たちをどう底上げするかをずっと大事にしてきました。試合に出る選手だけではなくて、チーム全体で強くなっていかないとこういう結果にはつながらないと思っているので。

ーーー優勝した今、長尾さんはチームにどんなことを伝えていますか?

「今までは上を追いかける立場だったけど、次は追いかけられる側や」ということです。追いかけてくるチームしかいないので、その自覚をもっと持った方がいいと伝えています。

優勝できたことはもちろん大きいですけど、本当に大事なのはここからだと思っています。

有元伸悟という教え子。ぶつかって、離れて、それでも残った大切な関係。

ーーー近大出身で現在もレスリングの普及で活躍されている有元伸悟は長尾さんの教え子だと認識しています。有元さんと最初に出会ったのはいつ頃だったのでしょうか?

ちゃんと関わり始めたのは、あいつが高校1年生の時ですね。出会ったのはもっと前で、僕が興國高校に教員として入る2年前くらいです。

当時、僕は近大附属でコーチをしていて、興國高校が練習に来た時に伸悟もいたんです。伸悟も僕も吹田市民レスリング教室の出身で、先輩が来たら普通は真っ先に挨拶に来るんですけど、あいつは来なかったんですよ。だから僕、ブチ切れて。「なんで俺が来てんのに挨拶せんのや」って。そしたら、伸悟、泣きました(笑)。あいつ、昔から泣き虫なんで。

ーーーそこから関係が深まっていったんですね。

そうですね。最初はそんな感じやったんですけど、そこから一緒にいる時間がどんどん増えていきました。

伸悟が高校2年の時に後のオリンピック代表となる高橋侑希選手と国体の決勝をやっていて、僕も現役選手として出ていたのでセコンドについたんです。その時に、「ああ、この子と一緒にやっていくんやな」という感覚がありました。

その後、僕が興國高校の教員になった時、伸悟は高校3年生でした。台風で学校が休みの日に、伸悟だけを連れて近大に練習へ行ったり、帰りに風呂屋へ寄ってサウナ入ったり。そういう時間がすごく濃かったですね。今思うと、レスリングの指導だけじゃなくて、ほんまにずっと一緒にいたなと思います。

ーーー長尾さんから見て有元伸悟さんは、当時どんな選手だったんですか?

めちゃくちゃ努力する子でした。僕が何か言う前から勝手にやるタイプで、高校時代なんて朝練が7時からやのに、始発で来て6時15分くらいから学校の前の公園をずっと走っていたんです。それをやってから朝練して、高校の練習して、さらに僕が「近大行くけど来る?」って聞いたら「行きます」ってまた練習する。「ようやるなあ」と思って見てました。

ただ、当時はちょっと態度がでかかったんですよ(笑)。僕が連れて行っていたこともあって、近大の学生も一目置くし、国体でも結果が出ていた。だから本人の中でもちょっと天狗になっていたんでしょうね。僕と同じような座り方したり、同じような振る舞いしたりして、学生からしたら「なんなん、あいつ」ってなることもありました。そこはちゃんと言いました。また泣いてましたけど(笑)。でも、言ったらちゃんと変わる子でした。

ーーーかなり深い関係だったからこそ、ぶつかったこともあったのではないですか?

一回、絶交しています。むちゃくちゃ腹が立ったことがあって。僕が審判の資格を取ったばかりの頃、スパーリングで得点のことを聞かれて答えたら、伸悟が上から目線でバーッと言ってきたんです。

それまでの積み重ねもあったので、持っていたポカリを壁に叩きつけて、「もうお前はいらん。帰れ。もう喋らん。関わらん。お前が一人で強くなったと思うなら一人でやれ。」って言いました。

それから何か月も喋らなかったです。僕、どれだけ腹立ってても基本は挨拶するんですけど、その時だけはほんまに目も合わさへんかった。周りに「そろそろ許してあげてください」って言われても、「絶対許さん」って言ってました。

ーーーそこまで怒ったのは、有元伸悟さんへの期待が大きかったからでもありますよね。

そうです。僕の中で、伸悟はすごく大切な選手やったんです。だからこそ、これまでの関わりを雑に扱われたように感じて、余計に腹が立ったんやと思います。

最終的には、伸悟の方から「武沙士さん、すみません。お時間いただけませんか」と言ってきて、そこで仲直りしました。その場でも1時間半くらい説教しましたけど、その時に伝えたのは、「お前はもっと愛されて、もっと応援されてもいい人間やと思ってる」ということです。

「強いだけではあかんし、結果だけでも足りへん。これから生きていく中で、みんなに背中を押してもらえるような人間にならなあかん、自分をちゃんとプロデュースして、ブランディングしていかなあかん」という話をしました。

ーーー今の有元伸悟さんを見ていて、どんなことを感じますか?

あの子も大人になりましたよね。結婚して、家庭を持って、父親にもなって、今はWrestling Platformの代表でもある。もちろん、まだ足りないところはあるかもしれないですけど、すごくいい子になったし、尊敬できる教え子の一人です。

昔は泣き虫で、態度もでかくて、周りから誤解されることもあったけど、根っこの部分には、ちゃんと努力できるものがあったし、変わろうとした時にはちゃんと変われる人間やったんです。今は近大で一緒にコーチをやっているので、教え子というより、もう同志みたいな感覚に近いですね。

強くするだけでは足りない。壁を作らず、チーム全体を底上げしていく。

ーーー有元伸悟さんとの関わり方を聞いていると、長尾さんは選手一人ひとりとかなり深く向き合っている印象があります。そうした関わり方はチーム全体に対しても意識されているのでしょうか?

そうですね。僕は7人のレギュラーだけじゃなくて、その外側にいる子たちをどう底上げするか、そこが自分の役割だと思っています。

試合に出る選手だけを見ていても、チーム全体は強くならないので。レギュラーじゃない選手たちも含めて、どう引き上げていくかはずっと意識しています。

だからみんなと喋るし、コミュニケーションも取るようにしています。別に最初から真面目なレスリングの話ばかりするわけじゃなくて、しょうもない話でもいいから、普段からちゃんと絡んでおくんです。そうしておくと、あとで技術の話をした時にも、選手が聞きやすくなるので。

ーーー選手との距離感で意識していることはありますか?

選手であり、教え子であり、でも同じ志を持つ同志でもあるので、僕は友達みたいな感覚で接してきました。もちろん、何でもかんでも近すぎたらあかん部分もありますけど、普段から壁を作りすぎないことは大事やと思っています。

最終目標はオリンピックチャンピオンを作ること。

ーーー最後に、長尾さんご自身がこれから目指していることを教えてください。

最終目標は、やっぱりオリンピックチャンピオンを作ることですね。高校の先生もやっているし、ちびっこも見ているので、自分が小さい頃から見てきた子が高校に入ってきて、そのまま近大に上がっていく。そういう流れを作れたら理想です。

今は大学だけを見ているわけじゃなくて、その前の世代から関われているので、そこは自分の強みでもあると思っています。

小さい頃から見てきた子が上がってきて、近大で一緒に強くなって、その先で世界を目指していく。そういう流れの中で、本当にオリンピックチャンピオンが出てきたら、こんなにうれしいことはないですね。

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